ニャン★DA☆ちょろ松

慢性腎不全猫とグリングリンな日々


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 温かかった…

  ブログ用56

   飼い主より

  今日仕事から帰って、夕飯の支度まで間があったので着替えて部屋で横になっていたらちょろ松の最期の夜が突然フラッシュバックされて私の脳裏に…
 涙がどんどん溢れてくる。  止まらないまま夕飯の支度。
 豚汁用の野菜を切っても、涙で包丁、まな板、野菜が見えない。
バラエティーを見てるのであろう別室の母の笑い声を背に、私はただ料理をする。
 月曜の夜は特にこういう事がよくある…やっぱり松の最期の日だったからかな。
 
 


 台風が近づいているせいか、一昨日から雨で肌寒い。
久しぶりに毛布を引っ張りだして寝た。
 夏の間近寄りもしなかった猫たちが、温もりを求めて飼い主に寄りかかって夜を過ごす季節になって来た。人間にとって猫の身体の重みと温もりを感じる嬉しさと、寄りかかられたために姿勢を崩せない辛さが同時にやって来る時期でもある。

  ちょろ松と一緒に布団に寝るときは…まず私が布団に入る。 少し遅れて2階に上がってきた松が私の耳元でニャンと小声で鳴く。私は布団の左側を右手で持ち上げ、中に入って来たちょろ松が身体をうずめやすいように私の左腕と身体の間に隙間をつくる。
 その隙間に入った松はやや暫くクルクルまわって自分の寝やすい体勢で寝る。それでも気に入らないと、またクルクルやりだす。
  しかし大概、私の左肩に頭を預ける形になるのですが…

  松の息づかいや匂いを感じながら私も眠りにつく  あぁ、幸せ

  一昨日の夜に毛布で寝るようになってからやっぱり以前と同じ様に毛布の左側をヒョイとあげて、松の寝姿を思い出しながら寝ている。今年の冬は左腕が痛くなる事が無いんだなぁ。
この癖は当分抜けないようだ。


  
 
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  爆睡できる幸せ


  ブログ用55


  昨夜フジTVにて知覧の特攻隊のお世話をした、なでしこ隊のドキュメンタリーを挿んだドラマがあった。  戦争とは悲惨だ、の一言では片付けられぬ思いだ。

私は若い頃、友人と鹿児島に旅行して知覧に立ち寄った事がある。
若さ故かただ通り過ぎただけで、真剣に記憶に刻み込まなかった。今思えば馬鹿でした。


 先の大戦時には、犬猫を差し出さなければならなかったらしい。(毛皮の為と言うが…)
自分がこの時代に生まれていたらと思うと、やりきれない。
 犬や猫と日々平和に暮らせる現代に生きて、それだけで幸せなのにちっぽけな事に不満や不安を持つ私のなんと情けない事…

戦争時に自分の飼い猫を差し出さざるを得なかった女性はその後、捨て犬や捨て猫の為に人生を捧げたとの事。

  今も戦争でたくさんの人達が苦しんでいる。そしてたくさんの動物達も…
 戦争だけではない、人間のエゴで殺されることのなんと多いこと!

  19日付けの毎日新聞に、森 絵都氏のエッセイが載っている。「君と一緒に生きよう」
(殺される運命のたくさんの命、その中から救われたホンの一握りの犬たちの一年を綴ったものが隔週で連載されている)
 この文面には毎回泣かされるが、今回のエッセイには身が竦む思いだ。
殺処分と言うと、毎回槍玉に挙げられるのが保健所の方々だ。
 しかし一番悪いのは飼育放棄したり、避妊去勢をせずむやみに生ませて捨てる人間である!

  どうか動物を好きな人も嫌いな人も心がけて欲しい…
犬猫を飼っている人に「ちゃんと避妊去勢してるの?」って。
犬猫に無体な仕打ちをしている人に「そんな事して楽しい?」って。
 ほんの少しの勇気でいいのです、正しい事なのだから
  

  

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  大変!

  ブログ用54


   飼い主より
 今から11年前、台風であわや床上浸水!と言うところまで来た事がありました。(上の写真)
その時は猫を飼っていたのが一番多い時期で大雨の中、十数匹を倉庫に避難させたり家に上げたりと大変でした。(木の板の上に乗って流されそうになった猫を慌てて摑まえたり…)
  今となっては懐かしくて良い思い出です。

 昨夜はそんな事を思い出しながら寝床についたためか、ダンボールに入ってる沢山の猫を抱っこする夢を見ました。
  現実にはもうこんなにいっぱいの猫を飼う事は無いでしょうが…

 我が家の場合、今回の台風では大した被害は無かったのですが、被害に遭われた方には謹んでお見舞い申し上げます。



 

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  にゃらん

  ブログ用53


   飼い主より
今日は午後から仕事をお休みして両親を温泉に連れて行きます。3年ぶりの旅行です。
  ず~~~っと働きづめだった両親、一寸位羽を伸ばしてもバチは当たんないよね

 ワタクシは…     運転手 兼 コーディネーターでございます。

 今まで一緒に過ごした犬や猫たちを広い庭や倉庫で思いっきり遊ばせる事が出来たのも両親が苦労してこの家を建ててくれたからなのです。
  私は幸せでしたが何にも恩返しができず申し訳ないです。

 今回の旅行では猫たちの留守番の心配が無いのがちょっと寂しい…
年齢的にも長距離運転はちとキツイですが頑張ります



   ところでじゃらんにゃらんはちょっとちょろ松に似てる…

    でも松の方がかわいいぞ!(親ばかでスマンです)

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    早いもんだね。

  ブログ用52


   飼い主より
 今日はちょろ松の四十九日。  お墓にデンファーレとかすみ草を…

さっきニャンコのグルーミングBOX(爪きりや梳き櫛、シャンプー等)を整理した。
 昨日洗ったトイレとキャリーと一緒に押入れへ。
 これで一区切りついた。心の整理はまだまだだけどね

昨夜、ちょろ松のケンカ相手だったグレーの縞猫が来てた。ちょろ松を探しにきたのかな
「松はもう居ないんだよ…」と声をかけた。
   懐中電灯に照らされた、縞猫の光る瞳はただジッと私を見つめるだけ

 そういえば松が居なくなって2~3日して、この猫が家に来てた事があった。
ライバルの気配がないので、様子を見に来たのかしら…
 おじいちゃんなのに松は果敢にこの若いオス猫に挑んでいたっけ、いっつも負けてたけど
(おぼっちゃん育ちで爪も切ってたしね。でもテリトリーを侵されるのはプライドが許さなかったらしい)


  私の部屋にちょろ松と、昔飼ってたチビとベス(どちらも雑種のワンコ)の写真を飾っている。
 コルクボードには追々、ちょろ松の仲間達も加えるつもり。
 写真の整理はゆっくりと思い出を噛締めながら、ね。

  P.S アチョー君、心配かけるね。ありがとね。


  

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  15年間ありがとう

  ブログ用51


   飼い主より
 今朝、ちょろ松が使っていたトイレ、キャリーバッグ、茶の間の爪とぎを片付けた。
ねこ砂に涙をポロポロ落としながら…

  
  あの日…
ちょろ松を病院から連れて帰って茶の間に寝かせた。
 松はすぐに立ち上がりヨタヨタとトイレへ。  用を足した後、倒れこむように横になった。

 翌日、トイレまでは行けたが砂の中に入ることができず外の新聞紙におしっこ。


 その翌日、トイレにいく力は残ってなかった…

 点滴したのにお粗相をする事は無かった、偉かったね。

   息を引き取った後、暫くしてポタポタとおしっこが…
 私は号泣した。ちょろ松を抱きしめながら。



  お風呂場で鼻をすすりながらトイレとキャリーバッグを洗った。

 15年前、お金の無かった私は980円のランチボックスをキャリー代わりに。
余裕ができた時、買いなおしてもよかったのだけど何となくそのまま使い続けた。
  ゴメンね、もっといいの買ってあげればよかった

 洗面所がすっきり。  15年間当たり前にあった猫のトイレはもう無い。
 人間用のトイレのドアが大きく開けられるようになった。
 もう松が用を足し終えるまで、私がトイレの中でじ~っと待つ事も無くなった。

 明日は松の四十九日。明日も天気がいいらしい…

 

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  ありがとね

  ブログ用50


   飼い主より
 早朝の仕事の後、一眠りしていたら何やら柔らかい感触が…
薄目を開けるとちょろ松の曲がった尻尾が先っちょだけゆらゆらしてて、それが指先に当たっていたのだ。視線をやると松が私になんかかって(寄りかかって)背中を向けて寝ている。
 
  残暑の疲れで幻を見ていたのか…  いや間違いなくちょろ松の尻尾だった。

  うれしいな~

 目が覚めて、松の写真の顔を指でなぞり「ありがと」と声を掛けた。



  松は私の側にいる、それだけは確か。

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  いい音するんだな~、これが。

  ブログ用49


  飼い主より
 昨日は、久しぶりに夢に出てきてくれた御曹司。
ちっちゃいちょろ松クン、思いっきり障子をバリバリと破いてくれちゃいました。
 そういえば、松が家に来て間もなく同じように障子をやっちゃった事がありました。
楽しかっただろうな~、いい音すんだよね障子って。
 私が発見すると、バツの悪い顔してたなぁ(笑)
今だったら一緒にやっちゃうのに


 今日からキョンキョンの「グーグーだって猫である」が公開。

 私にはこの映画を観る勇気は   まだ無い…

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  魂とは

  ブログ用48


   飼い主より
 予てから心友より薦められていた「西の魔女が死んだ」を読み終えた。
 私の場合残念ながら巷の評判とは異なり、涙を流して感動…とはならなかった。
 
 今までたくさんの動物の命の最期と向き合ってきた私は、事切れる瞬間を見届けた時のあの全身から湧き出る、辛く悲しく重苦しい身体の痛みをこの小説から感じ取る事が出来なかった。

 そういう思いをしてこそ、命や魂について深く考える事が出来るのではないかと考えるのだ。

 猫の最期を看取った事のある人ならば解ってくれるだろうが、私が最期の瞬間を見届けた猫は皆、一言声をあげてから全身を仰け反らせて事切れた。
その時に声をあげるのは、何かを訴えているのか魂が抜けていく瞬間なのか…
  しかしやっぱり私は猫の世界でも母を思って鳴いたのではないかと信じている。
そう思うことで自分を納得させているようにしているといった方が正しいか…

 

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